レッスン29とレッスン30は、いきなり「神」と出てくるので、あなたの中で無意識に受け入れがたいものを感じたり、何か抵抗のようなものを感じたりすることもあるかもしれません。
けれど、このレッスンは一貫して「信じることや、無理やり理解したり受け入れることは求められておらず」、それがあろうとなかろうと、ただ日々を淡々とレッスンにそって練習していけばいいという性格を持っているものだというのを思いだしてください。
なにはともあれ、レッスンを1日を通してやってみる、それが重要なレッスンかと思います。
レッスン30を心静かにゆっくりしてみると、人によっては眉間の第3の目のあたりがじわじわしてきたり、あるいは身体が気功を受けてるような不思議な感覚を感じるかと思います。
ところで、レッスン30で30回目、1ヶ月あまりが経ちました。
ある意味、常識を越えたところにあるレッスンは、毎回のレッスンが、これまでのものの見方からするとかなり異質なものが多く、理解に苦しんだり、わけがわからないなと思えることも多かったのではないかと思います。
自我は、レッスンをしたくないと、これまでの自分のものの見方や感じ方にしがみつきたいと、抵抗したり、レッスンを無視したり、やらないように仕向けたりしたこともひょっとしたらあったかもしれません。
しかし、この1ヶ月を振り替えると、それがほんの些細なものであっても、レッスンの内容と現実がシンクロしたり、奇妙な変化があったはずです。
それは、これまでの自分の慣れ親しんだやり方や行動ハ゜ターンや感じ方の癖などでやろうとすると、何かうまくいかなかったり、ことごとくタイミングを外したり、といった形で起こったかもしれません。
あるいは、これまでだったら確かにやらなかったり、体験しなかったこと、思いつかなかったことになぜか出逢っているという形で起こったかもしれません。
あなたの外側の環境や人は1ヶ月前と何も変わっていないように見えたり思えたりするかもしれません。
けれど、実は、それは気付こうとしなければ見逃してしまうくらいのささいなものかもしれないけれど、小さな変化がちゃんと静かにさりげなく起こっているはずです。
ちゃんと見れば、確かに起こっている・・・実際そうなのです。
レッスンは、もちろん、レッスン31からも続きがあります。
レッスン1~レッスン60までが、一区切りの一連のレッスンとなっています。
私は、この奇跡のコースが、
それは、私が言ったのは確かなのですが、それを導いたのは、
よければこの1ヶ月のレッスンを無駄にしないためにも、