2013年9月12日木曜日

信じること

師の言葉より・・・。

「○○はとてもよいものだから絶対に信じなさい」と、なにかに対して信じることを強要することは、宗教となります。

宗教を否定しているわけではありませんが、ただ、『奇跡のコース』は宗教ではないのです。

あくまで、"A Course"、道のひとつに過ぎません。

信じなくてもよいのです。

「神」という言葉を聞くと、胡散臭いとか信用できないと感じることもあるでしょう。

特に、自我の幻想の世界であったとしても、辛い状況を体験していれば、「なぜ神は助けてくれないのか、神も仏もあるものか!」と強く思うでしょう。

(本当のところは、神はそうした辛い状況とはなんの関わりもなく、あなたが心の中にある原因を外に投影させた結果なのですが・・・。辛い渦中にいれば、この事実を受け容れることは難しいとは思います。)

レッスンをやっていても、あるいは神社などに参拝しても、神に対しての恐れ(罰があたるかも・・)や神というものへのブロックに気づくことがあるかもしれません。

これはまったく悪いことではなく、むしろそこに気づけるということはチャンスでもあるのです。

神からの分離の結果として、今の私たちが個々に存在しているように見えるので、私たちはだれでも「神に対する罪悪感」をもっています。(詳細は「神の使者」に記載あり)

でも、あなたが神を信じようが恨もうが、そんなこととは関係なく、神はいつもいつもあなたに対してあたたかい愛(天意)のまなざしを向けています。

あなたがもし神に対しての分離感に気づいたうえで、それでもなお神の愛(天意)を感じたときには、あなたは自分がどんな人間であったとしても神から愛されているということを深く知れるでしょう。

神も奇跡のコースも信じる必要はなく、でも、あなたが体験したり感じれば、神って見守っていてくれてるのかもとか、奇跡のコースってやっぱり本質的なところにいくなにかがあるかも、と自ずと思うようになるかもしれません。