2016年1月24日日曜日

今のわたし

奇跡のコース ワークブック編についてのこのブログを立ち上げたのは、今から2年と少し前。

当時、心底孤独を感じ、藁にもすがるような思いでレッスンに取り組み、自分への励ましのつもりで必死にこのブログを作っていた。

ブログの存在そのものもずっと忘れていたけれど、今日はせっかく思い出したのだから、ここにも足跡を残しておきたくなった。

奇跡のコースに取り組み始めて、2年9ヶ月弱。

相変わらず自我に翻弄されてしまうこともあるけれど、言葉にはならないこと、頭で理解することを完全に超えてしまうこと、いっぱいいっぱい体験させてもらってきた。

(師との対話やわかちあいも含め、あまりも情報量が多いこと、言葉にはどうしてもならないことから、文章にするのは諦めた。体験すればするほど、ただ黙し、神と共にあることしかできないなぁと感じている。)

自我による知覚が崩れ去るたび、自然と頭を垂れるしかないような謙虚な気持ち、「わたしは本当になにも知らなかった」としか言いようのないものがわきおこる。

当時のわたしは、今よりももっともっと、コースをやればなにかが変わるという多大なる期待と汚さ(ずるさ)であふれていたと思う。

今も何度もその点については自分の心に誠実になる必要性を感じているけれど、奇跡のコースは、ただ淡々と自分の心に誠実に向き合うこと、自我という誤ったものを知覚したのならひとつずつ丁寧に訂正をしていくこと、そして、なによりも兄弟の手を取って歩んでいくものだと、今日この時点のわたしは感じている。

2年少々前のわたしとは少し違った次元ではあるけれど、今もまた半端ない孤独感とちょっとした窮地の中にいて、もう一度、自分の心に誠実に問いかけ、自我の声に惑わされずに真実に手をのばす必要を感じている。

このブログに登場する「師」という人物、その他にも導きとしか言いようのない人たちとの出会いもあり、いつもいつも色んな人たちから助けられ、見守られ、今日まで歩んでこられた。

これだけ恵まれた環境で学ばせてもらえていること、求めたときには助けが与えられなかったことがないこと、本当に感謝でいっぱい。

それでも、これまでも幾度も感じ、そのたびに自分に厳しく誠実にやってきたことだけれど、周りにどれほど導いて助けてくれる人がいたとしても、最後の最後に手を伸ばし、力強く歩んでいくには、どうしても自分の決断と意志力と誠実さが必要で、その点に関しては誰も助けられない。

なにがあっても聖霊の手をとって歩んでいくこと、どれほど自分ができていないように思えても、決して諦めずに取り組みつづけること、自分の心に静かに問いかけて誠実になること、今日もう一度自分に誓おうと思う。

<備忘録>
2014年 ワークブック編のレッスンを365まで終了。テキスト編やマニュアル編も読了。
2015年 ワークブック編のレッスン1~50までをなぜだか3回ほどくり返し。テキストを読み込んだ一年。言葉ではなく、問いを発しながら読むこと。
2016年 ワークブック編を細々と取り組み、今日はレッスン59。テキストの言葉と共に、真の祈りと共に毎日毎瞬を責任をもって選択して過ごしたい。

※今は、中央アート出版のものをメインに使用。今年は、少しずつ原文で取り組んでいきたい。

<ホームページやブログ>
☆師のブログ(ワークブック、マニュアル、テキストの翻訳あり!)→http://lesson.spiritual-counseling.info/

☆日々の備忘録→http://acim-nonduality.blogspot.jp/

☆つぶやき兼ぼやき→Twitter miracles@acimforgiveness

☆これまで感じてきたことの軌跡(今でこそ色々笑い飛ばせる諸々)→http://ameblo.jp/acim-forgiveness/

☆その日のテーマにしたいこと(気まぐれ更新)→http://pre-acim.blogspot.jp/