2013年9月3日火曜日

“奇跡のコース”のレッスンを始めるにあたって

☆翻訳者より☆

「奇跡のコース」とは、あなたが「本当に霊的な目で観る」ということ身に付けることを目的としています。

私たちは、いま目の前に自分に起こっていることを本当には観ていません。

子供のころからの生活環境や、親、学校、社会から、知らず知らず取り込んだ思考やマインド・考え方・感じ方の習慣やパターンから、目の前に起こっていることや、自分自身を「こうだ」と思い込んでいるにすぎないのです。

なので、今あなたを悩ませている目の前の現実は、時に、ただあなたを翻弄させたり、悩ませたり、いっぱいいっぱいにさせたりします。

あるいは、「何で私の人生はいつもこうなんだろう」と思ったり、悩んだりすることもあるでしょう。

それは、今まであなたが生まれてから現在までの親や生活環境から知らず知らずに身に付けた感じ方や思考パターンから、目の前のことを「判断」し、「こうだ」と決め付け、そしてそれに対して、悩んだり、傷ついたり、不安になったりします。

けれども、「奇跡のコース」では、その今までの思考パターンや感じ方のパターンを手放し、人間が本来もっている霊的な目で「観る」という訓練をして、「本当に霊的な目で観る」という練習を一年かけてしていきます。

訓練されていないマインドは今は霊的な目では何も観ることはできません。

それは、そもそもそういう力が人間にはあることを、そしてそれを使うということを、教えてくれる機会がなかったにすき゛ません。

「奇跡のコース(A Course in Miracles)」を始めるにあたって、なにより大切なことは、"A Course in Miracles"の"Miracles"とは人間のエコ゛的視点からラッキーだったり、幸運だったり、都合のよいことを「 Miracles」といってるのではなく、エコ゛もしくは自我から見たら、都合悪いように見えること、それが自我(つまりこれまで培ってきた思い方のハ゜ターン)を解体していくと、同じ出来事なのに、全く違う視点から本当の実相として見えてくる、その自我の解体そのものを「Miracles」と言っています。

そのため、自我の視点から見ると、一時的に都合悪いことがむしろ起こるようなこともあるし、自我は、世界を、自分を、裁き、シ゛ャッチメントし続ける自我の見方にしか゛みついて、自我が解体されてしまうことに抵抗しようとして辞めたくなったり、こんなことやっても仕方ない、と必死に辞める誘惑をしてくるかもしれません。

けれども、自我を手放した時に見える世界や自分は、予想を越える喜びに満ちています。

どうか、これから365日、続けてみてください。

学ぶのに、理解を深めるには、ケ゛イリー・レナート゛の「神の使者」を何回も何回もたとえば理解できないところがあったとしても、繰り返し読み続けてみると、早く流れに乗れます。