師の言葉より・・・。
“強さ”はわたしたち人間のなかにあるものではなく、“神の強さ”を頼るしかありません。
自分のなかにあると思っている自我の強さに頼っても、完璧な神の強さには絶対に敵いません。
でも、わたしたちは「自分の判断」という自我を信じて頼っています。
また、そこにアイデンティティを見いだせる気がして、なんでも「自分で」やることが大好きです。
聖霊とともに選択していない、聖霊とともに生きていないということは、あなたが自我にしがみついて自分(自我)を信じているということです。
あなた(の自我)は、すべてを見通して最善のことがわかっている神よりすごいのでしょうか。
自我は傲慢ですね(笑)
自我を手放すことは、本当は違うのですが、自我にとっては“個”や“アイデンティティ”がなくなるという脅威となり、必死で抵抗します。
無理だという諦めや絶望感を味わった時に初めて、わたしたちは自我を手放し、神に頼り切ることができるのかもしれません。